父が亡くなって四十九日経ちました。

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こんにちは!日野里映です。

 

父が亡くなり四十九日経ちました。

四十九日の法要が終わり、やっとひと段落つきました。

父が亡くなったことについて振り返ってみようと思います。

目次

父について

寡黙な人でした。

私も父のそういう性格は引き継いでいるので、自分から積極的に話しかける方ではありません。

だから幼い頃から、父も話しかけないし、私からも話さないので、必要最小限の会話したしたことがありません。

母を通してとか、夫を通して(夫は社交的でよく話します)会話をするといった感じでした。

それでも、結婚してからは「本当に心配してくれてるんだな」と父の愛情を感じることが多くなりました。

言葉には出さない言外の愛情が分かるようになったということでしょうか。

父の病気について

詳しい病名は書きませんが、父は20年前から患っていました。

当時のお医者さんに「あと10年もてばいい方でしょう。」と言われ、20年生きたわけですから医学の進歩は相当なものだと実感しました。

また、呼吸が苦しい病気なので、父は20年も本当によくがんばってくれたな、と思います。

私なら耐えられないかもしれません。

父の最期

1月に入り定期検診に行くと、そのまま入院になりました。

お医者さんからは厳しいことを言われました。

痛みが激しくなり、最初は薬でもらっていた痛み止めが点滴になりました。

そうなると意識がもうろうとすることが多くなるので、会いたい人に会わせてあげてください、とお医者さんに言われたそうです。

そこで、私たちが呼ばれました。

いつ亡くなってもおかしくない、と聞いていましたが、ベッドに横たわっている父は、会話の内容からあたまはまだまだはっきりしていて意識もあるし、物事も分かっている様子でした。

そして私たちが会いに行ってから4日後に父が息を引き取ったと連絡がありました。

通夜、葬式、初七日、四十九日

正直、父とは大学時代から離れて暮らしていることもあり、亡くなったという実感はありません。

四十九日の法要をしていても、「なんで父がここにいないんだろう?あっそうかー、父は亡くなってて、これは父の法要なんだった!」と思い出すこともあるくらいです。

残された母が1番心配です。

父とは仲が良かったですし、人の世話を焼くのが何より好きな母ですから。

まとめ

葬式や四十九日などの儀式で、身近な人の死を少しずつ受け入れていくようになっているんでしょう。

悲しいけれども、残された人は生きていかなければいけないし、どうせ生きていくのなら楽しく幸せに生きていきたい。

そのための助けとなるのが儀式というもの。

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